インビクタス
9月20日の日本対ロシアの開幕戦以来、ラグビーW杯が大変な盛り上がりを見せています。
そのW杯もいよいよ11月1日のニュージーランド対ウェールズの3位決定戦、11月2日の南アフリカ対イングランドの決勝戦でフィナーレを迎えます。日本代表の予選リーグ4連勝の快挙と準決勝南アフリカ戦、どの試合も手に汗握る白熱した戦いと試合後の爽快感を「にわか」ファンの筆者にも与えてくれました。ちょっと早いかもしれませんが、すでに「ロス」気味になっています。
前回のW杯で日本が南アフリカに勝利したことで国内のラグビーへの関心は高まりましたが、個人的にはあの勝利がどれだけの快挙だったのか、今一つ腑に落ちていませんでした。しかし先日「インビクタス」という映画を観ることで日本代表の快挙と今回の南アフリカ戦の意味だけでなく、いろいろなことが繋がり、なるほどそうだったのか、と思えることがたくさんありました。
「インビクタス」は2009年に公開されたクリントイーストウッド監督の作品ですが、題材は1994年に南アフリカ大統領に就任したネルソンマンデラ氏が1995年に自国で開催されたW杯で、それまで白人がやるスポーツだったラグビーを通じて国民全体を結束させ、最終的には南アフリカ代表(スプリングボクス)がニュージーランド代表(オールブラックス)を破り初参加・初優勝するという映画です。
南アフリカはアパルトヘイト政策により国際スポーツ社会から排除され、1961年にイギリス連邦を脱退した後、1964年(東京)から1988年(ソウル)までオリンピックへの参加が認められませんでした。ラグビーW杯は1987年に初めて開催されましたが、南アフリカが初めて参加したのは上述した1995年の南アフリカ大会です。サッカーはというと、やはり1990年のイタリア大会までは不参加(FIFA(国際サッカー連盟)の制裁下)、1994年のアメリカ大会から参加しています。
南アフリカといえば、金の埋蔵量世界1位、プラチナ生産世界1位(全体の8割近く)、パラジウムの埋蔵量1位、生産量2位、チタンの生産量2位、ジルコニウムの生産量2位といったように資源国のイメージが強いですが、現在では第3次産業がGDPの7割を占めており、かつての天然資源の輸出国という印象はだいぶ薄れています。なお現在の南アフリカの名目GDPはアフリカで7位(2018年、日本の約1/13)。ブラジル、ロシア、インド、中国からなるBRICSの1国として注目されている他、アフリカ唯一のG20参加国です。
「インビクタス」を見て感じたのはアパルトヘイトのような政策がなぜ1991年まで廃止されなかったのか、なぜマンデラ氏が大統領に就任でき、南アフリカがスポーツや経済の分野で世界の表舞台に返り咲くことができたのか、という点でした。
根拠や背景は、たくさんあると思いますが、筆者は東西冷戦の終結、ソビエト連邦(ソ連)の崩壊の影響が最も大きかったと考えています。
ロシアをはじめとする旧ソ連諸国も南アフリカとならんで資源国として有名ですが、冷戦時代はレアメタルや貴金属のような安全保障に直結する鉱物を西側諸国はソ連から輸入することはできなかった。アパルトヘイトは「問題なし」とは思いながら、面と向かって南アフリカには抗議しづらく輸入を停止することはできなかった。しかし冷戦終結・ソ連崩壊によりロシアをはじめとする旧ソ連国からもレアメタルや各種非鉄金属を輸入できるようになったため、南アフリカを国際的に非難できるようになり、アパルトヘイトの廃止、マンデラ大統領の就任やスポーツや経済面での表舞台への復活につながったのではないかと推測しています。アパルトヘイトのなかで、日本人は「名誉白人」と言われていましたが、南アフリカから見れば単なる「いいお得意さん」の別称だったのかもしれません。
かつてはイギリス連邦に属していた南アフリカからみれば母体ともいえる英国のEUからの離脱はEU側が10月31日から最長2020年1月末まで離脱期限を延長したことで、多くの人が恐れていた「合意なき離脱」という事態は避けることができました。またメイ首相の後を継いだボリスジョンソン首相が提案した12月12日の解散総選挙案が三度否決された後に29日に賛成多数で可決され、再び実質的な「国民投票」が行われることになりました。
このコラムでも再三指摘しているように経済や政治の分野では世界的に排除や対立の芽が芽生えているような気がしますが、ラグビー日本代表のように経済や政治の分野でも違いや差を乗り越える英知を積み重ねることにより、排除や対立の芽を可能な限り摘んでいきたいものです。
(堀記)