お知らせ&コラム

2019-08-30 業界動向

長期化する貿易戦争と景気後退の影

  米国と中国という横綱同士の大一番ですが、一向に終息する気配が見えません。土俵の中央でがっぷり四つに組んだまま、両国の要人発言で左右に多少動くものの基本的には数ヶ月前からほぼ同じ場所でじっとしたままのように見えます。
 両者からは、「関税を引き上げるぞ」という声が発せられていますが、もはや関係者以外には、どの品目に対する関税がいつから何パーセント上がるのか、発動が延期されるのかすら分からない状況となっており、土俵上の取組を周囲から見上げている観客にも疲労の色が見え始めています。

 先月このコラムで触れた工作機械の受注状況(日本工作機械工業会)ですが、2019年7月は前年同月比33%減の1,012億円でした。好不況の目安であり、工作機械メーカーの損益分岐点レベルといわれている月間受注額1,000億円を2ヵ月連続で下回ることはかろうじて避けることができましたが、内需は前年同月比38.9%減411億円、外需は前年同月比28.2%減の601億円と600億円という節目の水準まであと一歩まで迫っており、内需外需ともに厳しい状況が続いています。8月も状況が改善する要素はほとんど見当たらないこと、2017年、2018年の7月と8月の実績から判断すると、2019年8月の受注額は再び1,000億円を下回る可能性が高いと考えます。

 企業の購買担当者に新規受注や生産、雇用の状況などを聞き取り、景況感についてアンケート調査した結果を指数化した製造業PMI(Purchasing Managers’ Index)という景気指標があります。製造業PMIは、50を景気判断の分かれ目として、50を上回る状態が続くと景気拡大、逆に50を下回る状態が継続すると景気減速を示します。PMIは製造業と非製造業に分けて発表されますが、特に製造業の動向が着目されています。
 この製造業PMIが米国、中国だけでなく日本、ユーロ圏全体及びユーロ圏で経済規模が最も大きいドイツの他、ブラジル、メキシコ、トルコ、ロシア等の国でも50を下回っています。  
 世界のGDPの4分の1近くを占める米国(2位は中国の約15%、3位は日本の約6%、4位はドイツの5%弱であり、上位5か国で世界シェアの約5割)では個人消費や雇用に関する統計値が、いまのところ比較的堅調であること、トランプ大統領の自身の大統領再選と株価の維持、上昇を企図したSNSのコメントにより、米国のダウ平均株価、NASDAQ総合指数、S&P500だけでなく、日本の日経平均株価、ドイツのDAX、英国のFTSE等も今のところ、リーマンショックやブラックマンデーの時のような暴落はしていません。

 しかし、イラン、北朝鮮、香港、カシミール地方で起こっている諸問題に起因する地政学リスクから需要低迷が見込まれる原油価格は、WTI、ブレント、ドバイともに下落基調にあり、原油を原料とするガソリンをはじめとする燃料や化学繊維の原料となるナフサや化学繊維の原料価格についても軟調に推移しています。一方、「有事の金」ともいわれる金の価格が実物資産としての価値に注目が集まっているのか足元では高騰しており、ガソリンエンジン用触媒のニーズの高さから一時は金を上回る価格となっていたパラジウムの価格を再び上回る水準となっています。米中の問題だけでなく10月末に控えた英国の欧州連合からの離脱も合意なき離脱(Hard Brexit)への道をまっしぐらに進んでいるようにしか見えません。

 土俵上の対戦を見物していた観客も、ふと我に返ると横綱の握力が徐々に落ち始めているだけでなく、自分たちも徐々に声援を送る力を奪われてきていることに気づき始めたようです。自国経済の先行きを考えると相撲観戦どころではないといった感じで政策金利を引き下げ、自国経済にカンフル剤を与える動きもしばしば見受けられ、世界的な金利引下競争の様相を呈しています。
 また、12年ぶりに2年物と10年物の米国国債の利回りが逆転する「逆イールド」現象が発生しています。「逆イールド」は株価暴落や景気後退(recession)の前触れであり、発生から景気後退までは2年程度のタイムラグがあるとする見解も目にしますが、これまでの「逆イールド」発生時の政策金利は現在の金利水準より高かったことから、株価や金利、為替の変動が、いつ、どのような形で現れ景気に影響を与えるか、予測することはできません。
 ここ数年の報道を見ると自国の経済や政治を優先するあまり、国際連合のような国際機関やG7、G20 といった国際首脳会議のような共通意見をまとめる場所で共同宣言的なものをまとめることが容易ではなくなりつつある、若しくは共同宣言は発表しないということも増えています。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)のような多国間での協定を脱退し、二国間での取り決めに移行するなど、1930年代に逆行しているのではないかと思える事象が増えています。過去を反省し将来の行動に生かすことができるのは地球上で人類だけであり、人間の英知により自由貿易の原則に立ち返りモノとカネの適切な流れを取り戻すことが求められています。

(堀記)

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