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2019-01-31 業界動向

灰色のサイ(Gray Rhino)と渋沢栄一翁

 発生する確率が非常に低い、もしくは事前にほとんど予想できないけれども発生したときの衝撃が大きく、いったん衝撃が起きると極めて甚大な被害をもたらす事象を「ブラックスワン(Black Swan)」といい、2008年のリーマンショックや2016年の英国のEU離脱などが「ブラックスワン」の代表例とされる。
 これに対し、将来、大きな問題を引き起こす可能性が高いにもかかわらず、現時点では軽視されがちな潜在的なリスクは「灰色のサイ(Gray Rhino)」(普段はおとなしいが、いったん暴走し始めると誰も手を付けられなくなる)と呼ばれる。

 各種報道によれば中国の習近平国家主席が米国との貿易戦争とこれに伴う中国経済の減速等を念頭に「ブラックスワン」に警戒するとともに、「灰色のサイ」を回避する必要があるとの認識を示した。
 中国国内の各種統計データにも既に影響は出ており、中国国家統計局が発表している産業用主力製品の生産量に関する資料によれば、特に昨年10月以降、工作機械(金属切断機、金属成形機)、車、移動体通信端末(携帯電話)等、生産量が前年実績を下回る製品が増加している。
 また、年明け早々には米国アップル社が主力商品であるiPhoneの特に中国市場での販売不振を理由に2002年以来、初めて業績の下方修正を発表した。
 iPhoneは高性能電子部品を製造する企業(iPhone関連銘柄)から各種部品を調達しているため、こうした関連銘柄の業績や株価などにもすでに影響が出始めている。関連企業を含めた裾野の広さという意味では自動車産業に類似しているともいえるが、iPhoneの部品サプライヤーには日本の有力企業も多く、業績の下振れが懸念される。
 特殊モーター等の分野で世界シェア1位の日本電産や、米国のキャタピラー(建設機械・鉱山機械)、エヌビディア(半導体)等々、国内外の企業業績への影響も年明け早々、明らかになりつつある。現時点ではリーマンショックのような「ブラックスワン」は現れていないものの「灰色のサイ」は目撃可能であり、徐々にその頭数が増加している印象がある。

 昨年12月に中国の通信機器や携帯電話のメーカーである華為(ファーウェイ)のCEO孟晩舟氏がカナダで逮捕された。その後、中国で逮捕されたカナダ人が死刑判決を受けたかと思えば、華為社と孟氏を米司法省が起訴したとのニュースが1月28日に飛び込み、2月末に控えた米中間の貿易協議期限までに両国が妥協点を見いだせるのか、こちらの「灰色のサイ」の動きからも目が離せない。
  
 話は変わるが、先日、10年近く前に購入した「現代語訳 論語と算盤」(渋沢栄一著 守屋淳訳)を久しぶりに再読するとともに、東京都北区にある渋沢史料館を初めて訪れてみた。
 渋沢史料館がある飛鳥山公園は、もともとは徳川幕府八代将軍徳川吉宗公が江戸庶民のためのお花見スポットとして整備した場所であり、その一部を渋沢栄一翁が自宅としていたことに由来する。訪問したのは1月であり肌寒かったが、飛鳥山公園自体は標高25メートル程度の台地(丘)の東端に位置し、隣接する京浜東北線や東北(新幹)線などの線路が崖下を走る形になっているため、東側の視界が広く開けている。今のように高層建築がなかった江戸時代はさぞ見晴らしのよいお花見スポットだっただろうと思われる場所である。
 渋沢栄一の生涯を展示してある渋沢史料館には、彼が500以上の企業の設立に関与しながらも三菱や住友、三井のような財閥経営とは一線を画していたこと、明治初期には法学、医学、工学、農学等に比べ軽んじられていた商業教育(現在の一橋大学)や女性教育(現在の日本女子大学)への支援をはじめとする約600の社会公共事業に携わってきたこと等、幅広い分野で日本の近代化に尽力し、数々の偉業を成し遂げてきた足跡を再認識することができる資料が展示されている。
 こうした資料も興味深かったが、江戸時代から明治維新、日清戦争、日露戦争という激動の時代を経て、特に日露戦争後、日米関係が微妙になりつつある中、両国の関係改善に民間の立場から腐心したことが窺える各種資料が展示されており、個人的にはこちらの資料が強く印象に残った。
 1868(明治元)年から日露戦争が終結する1904(明治38)年という40年弱の間に一気に近代国家に急変・急成長した日本。1978年12月の「外交関係樹立に関する共同コミュニケ」に基づき、1979年1月1日から中華民国(台湾)に代わって米国と外交関係を締結してから40年を経て、いまや2大大国の一角となった中華人民共和国。日中両国の成長の姿とその脅威は米国から見ると、時代は異なるとはいえ、かなりの部分で重なるであろうことは容易に想像がつく。
 
 自国優先主義、排他主義、保護主義の空気が世界的に広がる中、渋沢栄一翁が生きていたら、彼の眼には「灰色のサイの群れ」がどう映るのだろうか、どんな行動を起こすのだろうか、そんなことを考えながら史料館を後にした。

(堀記)

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