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2018-10-31 業界動向

貿易戦争とセラードの奇跡

 貿易とは、ある国と別の国との間で商品(モノ)の売買を行うことであり、日常的に様々なモノに触れる機会が多い弊社では、その価格変動や物流に関する動向を常に注視している。貿易戦争に関する話題は当コラムで今年7月から9月の3ヵ月連続して触れているが、今月も多方面への影響が大きい、この問題を避けて通れない。

 トランプ大統領は電気製品や家具などクリスマス商戦に直結する消費財に対する関税措置を先送りしているため、個人消費に関する各種経済指標には大きな変化は今のところ見られないが、今回触れる大豆については、トランプ大統領の就任が決定した2016年11月以降、価格が下落基調にある。現時点で国際商品市場であるシカゴの大豆相場は約15%、同じくシカゴ市場の大豆油は約20%、大統領就任前に比べて価格が下落しており、国内の生産者も大打撃を受けるなど、多方面への影響がすでに出ている。
 
 農林水産省の資料(2016年)によれば、大豆の生産量は遺伝子組み換え技術の発達等により生産量は増加傾向にあり、世界全体で約3億トンを上回る水準となっている。生産国1位の米国と第2位のブラジルが拮抗し、それぞれ約1億トンと上位2か国で全体の6割以上を占めており、第3位のアルゼンチン(約0.6憶トン)を加えると、上位3か国で世界の生産量の8割を超える。ちなみに、わが国の大豆の生産量は年間約23万トンであり、世界の生産量の0.1%にも満たない。
 一方、消費については中国が第1位で1億トン弱、2位の米国が約0.5億トン、3、4位のアルゼンチン、ブラジルがそれぞれ約0.4憶トンと上位4か国で約2.3億トンと世界の消費量の4分の3を占めている。

 今回特に問題になっている米中の関係でみると、中国の国内生産は0.1憶トン程度、これに対して消費量は1億トン近くあることから、中国は1年間に1億トン近くの大豆を輸入する必要がある。
 今回の高関税措置により、本来なら米国から中国に直接輸出される大豆が、ブラジルやアジア諸国等、報復関税の対象外となっている国経由で中国に間接的に輸入されている模様である。また、そもそも大豆は米国、ブラジルの2大産地では国内の食用として利用されるものは全体の1割にも満たず、大半は油脂、バイオディーゼル燃料、飼料といった食用以外の用途で消費されるため、米国から中国への関税の対象となる「大豆」としての輸出ではなく、大豆を搾油して「大豆油」として中国に輸出しているのでは、との指摘もある。
 いずれにしても、日本経済新聞の報道によれば、米国における大豆そのものの物流の絶対量が減少しているため、荷物の奪い合いで輸送費や保管費といった物流コストが下落する一方、中国への大豆の代替輸出国であるブラジルでは流通価格が上昇しているようだ。結果的に、米国の大豆の生産者だけでなく、米国の流通事業者も貿易戦争の負の影響を受けていると言えるだろう。

 日本国内の大豆相場も国際市場にほぼ連動して下落しており、大豆に関しては今のところ2017年、2018年と輸入量に目立った動きはないが、米国は農産物の市場開放を求めていることから、今後の日米間の物品貿易協定(TAG)の行方も引き続き目が離せない。
 
 現在、ブラジルの大豆の生産量は米国と拮抗しているが、約40年前はブラジルの大豆の生産量は現在の100分の1程度とごくわずかであった。40年という比較的短期間で世界第2位の生産量まで躍進した背景には日本との共同事業があることはあまり知られていない。
 1970年代前半、米国による対日大豆輸出規制により豆腐の価格が高騰、また第一次オイルショックにより各種資源の安定確保が重要問題となった。1974年に当時の田中角栄首相がブラジルを訪問し、内陸に広がるカンポ・セハード(セラード)と呼ばれる不毛のサバンナの開発事業をブラジルと共同で行うことになった。セラードは2億ヘクタールとブラジルの国土の約1/ 4を占める(日本の国土の5倍以上の面積)が、酸性度が高くアルミニウムを多く含むため耕作には適さない土地であった。1979年から始まったブラジルとの共同事業では酸性土壌の中和による改良、灌漑施設の整備、農業専門家の派遣を行い、1975年には43万トンであったセラードでの大豆生産量は現在、国内生産の6割以上を占めるまでとなっている。また、大豆だけでなく、トウモロコシ、野菜、果物、綿花、コーヒー等、生産される農産物は拡大しており、国内だけでなく世界の食料需給に大きく貢献している。(農林水産省、国際協力機構(JICA)による)
 
 11月6日に控えた米国中間選挙の結果も気になるところだが、ブラジルからは極右・社会自由党のジャイル・ボルソナロ下院議員が大統領選挙に当選したというニュースが、ユーロ圏の中心国家ドイツからも移民に寛容な政策をとっていたメルケル首相が2021年で首相を引退、与党キリスト教民主同盟(CDU)の党首選への不出馬を表明、というニュースが入ってきた。
 
 2019年も保護貿易、自国優先主義の流れが世界的に続くのか、それとも潮目が変わる兆しが見えだすのか?
 セラードの奇跡のエピソードを目にすると、自国(民)の利益だけを考えるのではなく、自国(民)も他国(民)も世界的にも長期的に繁栄する道を模索できる可能性はまだまだあるのではないか、と考えざるを得ない。

(堀記)

 

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