貿易戦争の行方
弊社の孫が7月10日のコラムで触れているように、トランプ米政権が7月6日に中国に対して340億ドル相当の輸入品への追加関税の発動を決定(第1次措置)、中国も同額の追加関税措置を発動している。
これに続く第2次措置160億ドルを合わせた合計500億ドル(約5兆5,000億円)の関税が両国から発表されているが、さらに米国は2,000億ドル(約22兆円)の追加関税の対象先リスト(6,031品目)を発表している。これまで米国が追加関税の対象としていたのは自動車や情報通信機器、ロボット、半導体などだったが2,000億ドルの対象品目リストには農産物、家電、家具など生活必需品も多数含まれている。
(図表)追加関税の主要対象品目
米 国 | 品目数 | 対象額・税率 | 中 国 | 品目数 | |
第1弾(7月6日) | 自動車 情報通信機器 ロボット |
818 | 340億ドル・25% | 農産品(大豆、牛肉等) 自動車 |
545 |
第2弾(未定) | 半導体 化学製品 鉄道車両 |
284 | 160億ドル・25% | エネルギー(原油、天然ガス等) 化学製品 |
114 |
第3弾(未定) | 家具、食料品、飲料品 | 6,031 | 2,000億ドル・10% | 未定 (中国の米国からの輸入総額は 1,700億ドル程度(2017年)であり、 関税だけでは同規模の対抗は不可) |
(出所)各種資料より当社作成
貿易摩擦の歴史を紐解くと、1968(昭和43)年に日本がGDPで米国に次ぐ世界第2位になった後、1970年前後の繊維製品、鉄鋼製品に続き、1980年代以降は電化製品、自動車、ハイテク製品等の品目で、日米間で激しい貿易摩擦が起きた。
今回、中国との貿易摩擦が最も激しくなっているのは、2010年に日本を抜いて世界第2位のGDPとなった中国の経済成長に伴い、最大の貿易赤字国が日本から中国に代わったことに加え、トランプ政権が極めて保護主義的な政策をとっていることが大きい。そうした観点からは、まだ、だいぶ先の話かもしれないが、米国の貿易戦争の相手国が日本やドイツから、インドやブラジル等の国に移行していく可能性も十分あるだろう。
米国からみると、現時点で貿易赤字国の1位は中国、2位は日本であり、中国だけでなく、日本も米国から貿易赤字縮小を求められ苦慮している。1970年から80年代の貿易摩擦は基本的には日本と米国の2国間の問題であったが、今回の貿易摩擦はその2国に中国を加えた3国の経済に影響を与えつつあり、これまでの貿易摩擦以上に問題は複雑かつ深刻な状況となっている。
貿易摩擦が激しさを増す一方で、日本はEUとの間で自由貿易主義的なEPA協定を7月17日に署名、2019年3月下旬までの発効を目指し、保護主義に対抗する動きをとっている。また、25日には欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長が米国との間で、自動車を除く工業製品について、関税ゼロ・非関税障壁ゼロ・補助金ゼロを目指すことで合意するとともに、自動車についても最終的には関税撤廃の対象に含まれるとの見通しを明らかにしている。しかし、当面、大勢としては自由貿易より保護主義的な色彩が強まり、通商関係についてもマルチラテラル(多国間)ではなく、バイラテラル(二国間)の交渉で決められている基調が続く、と筆者はみている。
モノの価格という面では、米国がロシアに対する経済制裁を行った2018年の4月中旬以降、アルミニウムの価格が上昇したが、制裁解除とともにほぼ元の水準に戻っている。また、貿易摩擦とは若干異なるが、米国のイランに対する経済制裁強化、ベネズエラの経済危機による原油生産の停滞などを背景にした供給不足感から原油価格は高値で推移していることも、世界経済の行方を考えるうえで懸念材料となっている。
今回の米国と中国の貿易摩擦では、米国産大豆の価格は20%近く低下しており、米トランプ政権は農家向けに1.2兆円規模の救済策を実施することを発表した。どんなモノの価格が上がり、どんなモノの価格が下がるのか、完全な予測は難しいが、どの国が供給(輸出)可能なのか、代替可能性があるのかないのかが、価格の上昇と下落の分かれ目になりそうだ。
価格変動に伴うメリット・デメリットはどんな状況でも発生することだが、いずれにせよ急激な価格変動は、全体的にはデメリットが大きいだろう。特に、貿易摩擦に伴う高関税化は輸入、輸出国の双方にとって短期的にも長期的にも不利益を被ることが多く、物価上昇(低下)や売上低迷による収益の低下、それに起因する人件費等のコスト削減、消費低迷が懸念される。今のところ、我が国の国内物価への影響はさほど大きくないが、今後の動向からは目が離せない。
これからの数十年間、世界経済をリードするであろう米国と中国という2大大国が、どのような落としどころを探っていくのか、いかないのか?大統領再選と中間選挙を意識したなりふり構わぬともいえる政策によって、貿易摩擦(戦争)の影響がどのような形でモノの価格や流通量に表れてくるのか、引き続き着目していきたい。
(堀記)